原子力システム研究開発事業

英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業>成果報告会>平成22年度成果報告会開催資料集>高強度パルス中性子源を用いた革新的原子炉用核データの研究開発

平成22年度成果報告会開催

原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集

高強度パルス中性子源を用いた革新的原子炉用核データの研究開発

(受託者)国立大学法人北海道大学
(研究代表者)鬼柳善明 北海道大学大学院工学研究院 教授
(再委託先)国立大学法人東京工業大学、独立行政法人日本原子力研究開発機構、
国立大学法人東北大学、国立大学法人京都大学、国立大学法人名古屋大学、
学校法人甲南学園、独立行政法人産業技術総合研究所
(研究開発期間)平成17年度〜21年度

1.研究開発の背景とねらい

 マイナーアクチニド(MA)を含む革新的高速炉システム技術の原子炉設計や安全性評価のためには、MA核種等の高精度核データが不可欠である。本事業では、大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質生命科学実験施設(MLF)に中性子核反応実験用ビームラインを製作し、ここに中性子捕獲実験装置等を設置して、MA(Cm同位体)と長寿命核分裂生成物LLFPの中性子捕獲断面積を高精度で測定する。また、その他の施設を利用して、光核反応による捕獲断面積、核分裂断面積を含む補完中性子核データ及び崩壊核データを取得する。さらに核データ評価、感度解析システムの構築、ベンチマーク計算を行う。以上により、革新的原子炉開発における核計算等の信頼性を高め、合理的な核設計、裕度の適正化による安全性及び経済性の向上に資することを目的とする。

2.研究開発成果
2.1 J-PARCにおける実験
(1)J-PARCビームライン開発

 J-PARCのビームラインBL04に全立体角Geスペクトロメータを備えた中性子核反応測定装置を製作した。図1は完成した装置の全景を下流側から撮影したものである。サンプル位置で測定した中性子ビームのエネルギースペクトルを図2に示す。熱外中性子エネルギー領域でのビーム強度が重要であるが、現在の中性子源強度120kW(最終的には1MWの予定)においても、DANCEやn_TOFなどの海外の施設に比べ、桁違いの高強度ビームが得られている。飛行時間エネルギー分解能についても概ね1%程度以下であり、中性子核反応実験用として優れたビームラインが作製できたことが示された。

図1
図1 中性子核反応装置全景
図2
図2 エネルギースペクトル強度
(2) 中性子捕獲実験装置開発及び実験
図3
図3 244Cmの中性子捕獲断面積
図4
図4 107Pdの中性子捕獲断面積
図5
図5 93Zrの中性子捕獲断面積
図6
図6 99Tcの中性子捕獲断面積

 中性子捕獲実験を可能とするために、電気冷却式Ge検出器、BGO検出器などからなるTOF実験装置等を増強することにより、全立体角Geスペクトロメータの高性能化を行った。同スペクトロメータは専用に開発した検出器シールド内に設置し、その性能を評価した。全立体角Geスペクトロメータのピーク検出効率は、1.3 MeVのガンマ線に対し、約4 %である。エネルギー分解能はビームが無い場合約2.5 keVであり、ビームがある場合は約9.2 keVであった。また、高速データ収集ボードの製作を行い、200kHz以上の高速測定を達成した。以上のことより本捕獲実験装置は、世界最高中性子強度で最高ガンマ線分解能のスペクトロメータを備えた装置となっている。
 MAの244Cm試料(244Cm:1.8GBq, 0.6mg、同位体比 91.6%)、244Cm-246Cm混合試料(244Cm: 1.7GBq, 0.6mg、同位体比29.0%、246Cm:12.1MBq, 1.1mg、同位体比58.0%)を、全立体角Geスペクトロメータで約45時間測定し、中性子捕獲断面積の導出を行った。図3に測定により得られた244Cmの中性子捕獲断面積を評価値及び過去のMooreらの実験値と共に示す。図に示されているように、1〜300 eVの範囲で複数の共鳴吸収の断面積を得ることが出来た。特に20 eV以下の共鳴については、核分裂反応断面積からの計算結果による評価値しかなく世界最初の実験値である。
 さらに、LLFPについても測定を行なった。107Pd(半減期650万年)の測定では、遷移ガンマ線で核種を弁別して不純物である105Pd の寄与を除去し、目的とする107Pd核種の中性子捕獲反応断面積を導出した。図4に示すように、熱中性子領域の中性子捕獲断面積が、評価済みデータより約5 倍大きいことを明らかにした。
 93Zr試料に対する中性子捕獲断面積測定を実施した。基底遷移法を用いて解析することにより、0.01eV〜5keVのエネルギー領域における93Zrの中性子捕獲断面積を導出した。図5は、93Zrの中性子捕獲断面積の測定結果(黒色の点)を過去の実験値及び評価済み核データライブラリーJENDL-3.3の値と比較したものである。熱中性子領域では中村らの実験データを支持する結果となり、JENDL-3.3の評価値の約1/4の値となった。keV領域においてはMacklinの測定結果と誤差の範囲内で一致した。また、14eV付近に未報告の共鳴ピークを観測した。
 99Tcサンプルにて得られた断面積を図6に示す。本測定では、1keV近くまで共鳴ピークが確認できる。Kobayashiらによる過去の測定データに比べてはるかに統計精度の高いデータが得られた。さらに本測定結果は、核データライブラリーJENDL-3.3に収蔵されている共鳴構造とおよそ一致していることがわかった。

2.2 他施設における実験
(1)安定同位体試料の熱中性子捕獲断面積実験

 J-PARC MLFにおけるLLFP の中性子捕獲断面積解析に必要な基礎データを取得するために、原子力機構JRR-3において中性子捕獲実験のための実験装置を整備し、安定同位体試料を用いた中性子捕獲実験を行った。この結果、60,61,62Ni, 70,72,73,74,76Ge, 106,108Pd, 91,96Zr等安定同位体の即発ガンマ線スペクトルを得た。

(2)逆反応による中性子捕獲断面積実験
図7
図7 逆反応による107Pdの捕獲断面積

 産業技術総合研究所レーザー逆コンプトン光発生装置を高安定化するとともに、光核反応実験装置の開発を行った。これを用いてSe,Zr及びPdの安定同位体サンプルを測定し、光核反応断面積を系統的に取得した。これに対して、統計モデル計算コードを用いてLLFPである79Se, 93Zr及び107Pdの中性子捕獲断面積を導出した。図7は107Pdの中性子捕獲断面積の過去の測定結果と、各種統計モデルで計算した結果を比較したものであるが、ハイブリッドモデルの再現性がよいことが示されている。この例が示すように、安定同位体に対する系統的な光核反応断面積の測定結果を統計モデル計算の制限として用いることにより、79Se, 93Zr及び107Pdの中性子捕獲断面積の統計モデル計算の精度を向上させることができた。

(3)LLFP核種の中性子捕獲断面積測定

 J-PARCで測定する107Pd試料に不純物として含まれるPd安定同位体に対して、京大炉ライナックを用いた測定を行い、熱から40keVの中性子エネルギー領域において中性子捕獲断面積及び共鳴パラメータを導出した。また、LLFP核種の93Zrとそれに不純物として含まれる96Zrの共鳴からの中性子捕獲ガンマ線波高スペクトルを取得した。さらに、不純物同位体96Zrについて、東工大ペレトロン加速器を用いて、15〜100keVのエネギー領域で捕獲断面積を測定した。

(4)核分裂実験
図8
図8 中性子核分裂断面積。(左)237Np、(右)248Cm

 Cm同位体を含むMA核種の中性子核分裂断面積を測定するために、多重層型アバランシェ核分裂検出器の開発及びデータ収集システムの構築を行い、京大炉鉛スペクトロメータを用いて、237Np, 241,242m,243Am, 245,248Cmの中性子核分裂断面積を取得した。主たる成果として、図8に237Np, 248Cmの中性子核分裂断面積を示す。237Npや245Cmでは、広いエネルギー領域においてGerasimov等とほぼ一致した結果が得られた。また248Cmでは、自発核分裂のため低エネルギー領域では誤差が大きいが、10eV以上の領域では高精度のデータが得られた。

(5)崩壊核データ測定

 ベータ崩壊エネルギーの決定のために、高効率・高エネルギー分解能の全吸収型検出器を新たに開発し、238Uの核分裂生成物の中から新同位元素を含む極めて収率の小さい160〜166Euおよび163,165Gdの9核種を測定した。例として164Euについては6393(45)keVと決定し、これは理論的な予測値6640(720)keVよりも一桁良い精度である。本測定で得られた精度は新同位元素領域における測定では最高の精度である。また、予測値の中には大きくずれているものがあることも明らかとなった。本検出器でベータ崩壊エネルギーを決定することによって、理論的予測の精密化や改良に貢献するものと期待できる。

2.3 サンプル整備

 中性子捕獲断面積測定に供する密封放射性同位元素として244,246Cm, 99Tc, 93Zr, 107Pdサンプルを整備した。同位体不純物が多く含まれる244,246Cmサンプル及び107Pdサンプルに対しては、同位体分析を行うことによって同位体不純物を定量した。核分裂断面積測定に供する非密封放射性同位元素として245,248Cm, 237Np, 241Amサンプルを整備した。237Np, 241Amに対しては、化学精製を行うことにより、プルトニウム同位体等の不純物の低減を行った。これにより、中性子捕獲実験及び核分裂実験に高品質なサンプルを供することができた。

2.4 核データ評価、感度解析システムの構築及びベンチマーク計算
図9
図9 共分散表示の一例

 核データ評価に関しては、本事業で得られたCm同位体等の測定データを基に評価を実施し、評価済核データの形式で纏めることが出来た。例としてCm-244 の捕獲断面積について述べると、共鳴エネルギーに若干のずれが見られ、これまでの評価値の共鳴エネルギーを0.2 %程小さくすると測定値と一致することが確認された。
 共分散可視化インターフェースでは、複雑なフォーマットで評価済データファイルに格納されている共分散データを核種、反応、エネルギー領域・群に応じてWeb上で視覚的に確認できる。
 感度解析システムでは、評価済核データが変更になった場合の核特性への影響を、高速炉を始めとする各種原子炉体系で把握できるシステムを整備した。また、様々な核燃料体系について各種評価済核データを用いたベンチマーク計算を行い、精度の確認等を実施した。

3.今後の展望

 J-PARCに世界最高中性子強度と最高エネルギー分解能ガンマ線測定器を有した核データ測定用ビームラインを作製した。それを用いて、MAの244,246Cm、LLFPの107Pd, 93Zrなどの測定を実施し新しいデータを得た。さらに、光核反応による捕獲断面積導出法の新展開、MAの核分裂断面積、高精度崩壊核データなど、革新的な結果が得られている。今後はこれらのデータをさらに詳細に評価し、JENDLなどの核データライブラリーに反映していくこと、さらに、開発した感度解析やベンチマーク計算システムを用いた炉設計への貢献が期待される。

■ 戻る ■
Japan Science and Technology Agency 原子力システム研究開発事業 原子力業務室