原子力システム研究開発事業

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平成22年度成果報告会開催

原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集

実用化が予想される食品への放射線利用に関する基礎研究

(受託者)国立大学法人北海道教育大学
(研究代表者)鵜飼光子、大学院教育学研究科
(再委託先)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
独立行政法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人室蘭工業大学
公立大学法人大阪府立大学
(研究開発期間)平成20年度〜22年度

1.研究開発の背景とねらい

 食品の放射線照射が海外で広く活用されている現状をふまえ、我が国で実用化が予想される食品に関し、殺虫や殺菌等の照射効果、食品としての品質や健全性についての論点を整理し、重要なポイントについての検証を行う。これにより行政機関の施策決定の裏づけとなる科学的データを提供し、食品の安全・安心の確保につなげる。
 我国における食品照射研究の裾野を広げるよう、照射技術と効果、流通管理、国民受容に関する技術的な課題を取り上げ、大学、旧国研の独法(農林水産省所管)、原子力機構の専門家を組織し、効率的かつ効果的に基礎基盤研究を実施する。原子力開発利用の食品分野への応用技術に関する基盤を維持し、新たな知見や概念を創出することにより、人材育成を図る。
 放射線の食品分野への利用はめざましい。食中毒の撲滅や宇宙食・軍事食の衛生管理、さらに災害時や難民救済用食糧として照射食品は広範に利用されている。我国は輸入食品に多くの食糧を依存しており、食品業界は食品への放射線利用の拡大を訴えている。
 原子力委員会は原子力政策大綱(2005)に対するフォローアップとして食品照射専門部会(2006)を設置し報告書をまとめた。原子力委員会は報告書を受け、文部科学省、農林水産省、研究者、事業者などが(1)食品安全行政の観点からの判断、(2)検知技術の実用化、(3)食品照射に関する社会受容性の向上、のために行動する必要性を示した。
 本研究は実用的検知技術の構築を中心に実用化が予想される照射食品の統合的な評価を行うものであり、研究成果は社会受容性の向上や食品安全行政に寄与するものである。実用化が予想される食品として香辛料、穀類、果実類がある。香辛料は殺菌が目的であり、果実類や穀類は殺虫が目的である。
 本研究計画では実用的検知技術の開発、厳密な検知技術の開発、殺虫や害虫の不妊化、微生物学的な評価・誘導放射能評価、放射線照射の効果を具体的な研究課題として設定した。

2.研究開発成果
 2.1 実用的検知技術の開発
図1
図1 典型的なESR信号

 EU公定法やCodex標準法を検証し。直接ラジカルを計測できる唯一の方法であるESR法を導入したときの実用的プロトコールを検討した。既存ESR装置で固体乾燥試料の照射誘導ラジカルを計測した。試料は実用化が予想される食品(胡椒、唐辛子、ニンニク、ナツメグ、朝鮮ニンジン、熱帯果実類など)を用いた。照射唐辛子のESR信号を示した(図1)。数種類のラジカル信号の観測に成功した。放射線照射誘導ラジカルは1本線(P1)であり信号強度には線量依存性があったことから照射履歴の定量が可能であることを明らかにした。照射唐辛子には照射の有無の判別に用いるサテライト信号(S1, S2)が明瞭に観測できたことから迅速な定量も可能である(図1)。 照射誘導ラジカルの健全性を評価するためESRスピントラップ法の基礎試験を実施した。植物性食品(根菜類、葉菜類、果実類など)の抽出物を試料としてラジカル捕捉活性評価法を開発した。ラジカル種はalkyl-oxy radicalやsuperoxide radicalなどである。照射食品のラジカル捕捉活性は未照射試料と差異はなく、照射食品の健全性をESRスピントラップ法により示唆できた。

 2.2 厳密な検知技術の開発

 厳密な検知技術として電子スピンの緩和現象を利用して計測する方法を開発した。これをもとにESR信号解析法の開発につなげた。電子の緩和時間(T1, T2)を算出する解析ソフトを開発し照射誘導ラジカル種の同定を可能にした。2パルスESR法による緩和時間計測によりマイクロ秒のT1とナノ秒のT2が精度よく得られた。

 2.3 殺虫や害虫の不妊化

 殺虫や害虫の不妊化について検討した。ガンマ線、電子線、低エネルギー電子線(ソフトエレクトロン)といった、線質、線量率の異なる放射線を用い、照射雰囲気を変えて貯穀害虫へ致死・不妊化について基礎的な試験を行った。唐辛子を飼料としてタバコシバンムシを飼育し実験室規模のガンマ線の殺虫効果を検討し、卵と幼虫は実験で用いた最も低い線量である64 Gyでもすべての個体が死亡し、蛹は1074Gy以上では生存しないことを確認した。香辛料中に混入させたタバコシバンムシ(蛹)への殺虫効果も確認した。DNAコメットアッセイを用い、タバコシバンムシ成虫の細胞の放射線照射によるDNA損傷を照射直後から経時的に追跡した。1kGy 照射において照射直後には、DNA鎖切断(1本鎖及び2本鎖切断)によるコメット像が明確に観測された。この損傷は、照射後の時間とともに修復したが、アルカリ条件による泳動では、照射7日後にもコントロール試料との差が認められ照射の履歴の確認に利用できる可能性が示唆された。熱ルミネッセンス法により、60Gy照射1年保存したニンニクの検知の可能性を見いだしたが、一方でナツメグなどの一部香辛料では鉱物分離が不可能な場合があり、その適用が難しいことを確認した。
 照射処理された害虫の確認法についてESR法の適用を検討した。未照射および照射コクゾウムシのESR信号観測に成功した。強く鋭い一本線信号が、未照射試料でも照射試料でもg値が約2の位置に観測された。これは従来の照射食品や照射漢方薬で報告された1本線と同じg値であることから有機フリーラジカル由来の信号であると考えた。コクゾウムシと同様の条件でコクヌストモドキ、ノシメマダラメイガ、タバコシバンムシを計測しESR信号観測に成功した。

 2.4 微生物学的な評価・誘導放射能評価

 微生物学的試験を行い照射食品の健全性を評価した。特に放射線耐性菌に関する基礎研究を実施した。市販の未殺菌及び過熱水蒸気殺菌済みの香辛料(黒コショウ、パプリカ、セージ)を試料とした。照射処理はガンマ線を用い10 kGyまでの異なる線量を均質に照射した。試料中の一般生菌数、大腸菌群、真菌類の菌数を食品衛生検査指針に従って求めた。10 kGy照射で十分加工食品に使用可能なレベル(1000個/g未満)まで殺菌できることを確認した。同時に生残菌の多くが芽胞を形成するBacillus属の細菌であることを顕微鏡観察およびBBLクリスタル簡易同定キットにより明らかにした。試料を粉砕し牛肉や加工ソーセージに添加し4℃〜30℃で培養した。放射線処理や過熱水蒸気処理後の生残菌の増殖速度には未処理試料の菌の増殖レベルを超えるような顕著な増殖は見られなかった。放射線殺菌された香辛料の生残菌は過熱水蒸気と比べて異常な増殖挙動を示す懸念はないことも確認された。10 kGy照射試料をリチウムドリフトゲルマニウム検出器を用いて測定し波高分析装置により放射性核種を同定した。照射試料は非照射試料と同一のγ線スペクトルが得られた。、試料をイメージングプレートに密着させ、低バックグラウンド下で室温にて3日間露光した結果、照射の有無にかかわらず同一の画像が得られた。照射香辛料には自然放射能以外の誘導放射能は検出されなかったことを示すことができた。

 2.5 放射線照射の効果

 放射線照射の効果について検討した。従来の馬鈴薯への商業的規模でのガンマ線照射に関する研究実績を生かし、実用化が予想される照射食品の放射線処理について詳細に検討を行った。放射線処理の実用化が予想される食品群について、殺菌などの照射効果とその線量・照射条件依存性を評価し、放射線処理の有用性、必要性を検討した。食の安全・安心の問題に関心をもつ消費者グループのメンバーを中心に生活協同組合などもまきこんで、消費者にとって身近な食材を用いて、線量・照射条件に依存した殺菌効果や照射臭の有無など食品としての品質や健全性に関する試験を実施した。薬剤に依存しないニンニクの品質保持法への放射線照射の応用を検討し、収穫後2ヶ月以内の30Gy以上のγ線照射によって萌芽と発根をほぼ完全に抑制できることを明らかにした。これらの結果を学会などで発表するとともに一般の消費者だけでなく食品安全に関わる行政や流通・食品関連業界などの実務担当者および教師やマスメディアなどのオピニオンリーダー層に向けて発信することにより、科学に裏打ちされた新しい形の食品照射のリスクコミュニケーション活動を開始した。

3.今後の展望

 本研究は科学的な議論をもとに先端的研究手法を用いて具体的な最新データを提供するものである。食品照射技術は、食品の流通や貯蔵の技術の中でのひとつの選択肢であるが、健全性が立証された最先端の選択肢である。食品分野における放射線利用の技術開発は我国に最も必要とされる安心安全の課題であるとともに広範な研究分野に及ぶ先端的技術であることから、その研究知見は他の技術分野への波及効果も期待される。
 本研究に参画したポスドクが独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構にポストを得て照射食品研究に着手し、また本研究に参画した若手研究者の発表論文が奨励賞を受賞するなど、人材育成に大きく寄与した。
 今後は実用的検知技術や厳密な検知技術の応用により公定法制定の基礎を固める。殺虫や害虫の不妊化に関する研究は基礎研究であり今後はこれを継続させる必要がある。微生物学的評価、誘導放射能評価、放射線照射の効果について得た成果を放射線教育やリスクコミュニケーション活動に応用し社会的受容性を向上させる。

4.参考文献
発表論文
  1. 照射ナツメグのESRによる検知、RADIOISOTOPES, 58, 179-185 (2009)
  2. 照射された生マンゴーに誘起されたラジカルのESR測定、RADIOISOTOPES, 58, 789-797 (2009)
  3. 長期間保存した照射黒胡椒のラジカル、食品照射、43, 1-4 (2009)
  4. 照射マンゴーに誘起されるラジカルの緩和現象、食品照射、43, 9-13(2009)
  5. Radical scavenging activities of plant food of alkyl-oxy radical and superoxide radical, Food Science and Technology Research, 15, 619-624(2009)
  6. ESR Study of free radicals in mango, Spectrochemica Acta A 75, 310-313(2009)
  7. 照射マンゴー中に誘導されるラジカルの緩和挙動と線量依存性、RADIOISOTOPES,59, 607-610(2010)
  8. 照射害虫のESR信号、RADIOISOTOPES, 58, 799-806(2009)論文奨励賞
  9. 学習指導要領改訂(2009)と放射線教育、食品照射、43, 17-23 (2009)
  10. 放射線照射したニンニクにおけるラジカルの測定、Radioisotopes, 59, 415-421 (2010)
学会発表
  1. Detection Method of Gamma Ray Irradiated vegetables by EPR, The 2nd Asian Congress of Radiation Research (ACRR2009), 2009.5.17-20, Seoul, Korea.
  2. 照射ナツメグのTL、PSL、ESRによる検知、第46回アイソトープ・放射線研究協議会、2009年7月1-3日、東京
  3. 市民による食品照射の体験実験、第45回日本食品照射研究協議会、2009年12月4日、東京
  4. ESR Detection for Alkyl-oxy Radical and Superoxide radical Decay by Natural Antioxidants, 2010 Oxygen Club of California (OCC) World Congress, 2010.3.17-20, Santa Barbara, California
  5. 不妊化した害虫に誘導されるラジカルのESR信号、2010年度日本農芸化学会大会、2010年3月27-30日、東京
  6. 漢方薬(エキス剤)への放射線照射の緩和時間(T1、T2)への影響、日本薬学会第130年会、2010年3月27-29日、岡山
  7. A new EPR spin trapping protocol using CYPMPO, International Conference on Magnetic Resonance in Biological System, ICMRBS, 2010.8.22-27 , Cairns, Australia
  8. ESR study of irradiated ginseng, Asia-Pacific EPR/ESR Symposium 2010, 2010.10.10-14, Jeju, Korea
表1 実用的なESRプロトコール
表1
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