原子力システム研究開発事業

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平成22年度成果報告会開催

原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集

静電力と表面機能制御によるナノ流体核種分離システムの開発

(受託者)国立大学法人東京工業大学
(研究代表者)塚原剛彦 原子炉工学研究所
(研究開発期間)平成20年度〜21年度

1.研究開発の背景とねらい

 申請者らは、数10 - 数100 nmスケール空間(ナノ流体空間)において分子クラスター特性が顕在化され、バルクとは異なる溶液物性や反応特性を発現することを見出してきた[1]。本事業では、この空間特有の性質と表面化学を巧みに組み合わせ、目的核種を“能動的”に分離・濃縮する革新的核種分離システムの構築を目的とする。具体的には、表面機能の異なるナノ流路・構造物を規則的に配置する技術を確立すると共に、溶媒和核種と壁面間の静電相互作用の僅かな差に応じて流れを制御することで、核種を溶媒和クラスターレベルで精緻かつワンススルーで分離する。

2.研究開発成果
図1
図1 Poly(IPAAm-co-VP)膜基板表面のウラン吸・脱着試験の概要図
図2
図2 (a)分離システムの概要図 (b)回収
試料Bの元素濃度比の空間サイズ依存性

【項目1:ナノ表面機能制御法の研究】本項では、流路表面に核種選択性を付与するため、光ラジカル重合法を駆使して、流路表面上に温度応答性高分子ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)とピロリドン誘導体(VP)の共重合ポリマー膜[Poly(IPAAm-co-VP)]を固定化する手法を確立した[2]。作製したPoly(IPAAm-co-VP)基板上で、Cs(I),Sr(II),Eu(III), Ce(III), U(VI)を含む硝酸水溶液からのウランのみの選択的な吸着・脱離試験を実施した。各イオンの濃度比が1:1:1:1:1とした硝酸水溶液(試料A)を25℃に保持したPoly(IPAAm-co-VP)膜基板上に滴下・静置後、滴下溶液を除去した。次に基板を純水内に浸漬し、40℃まで徐々に昇温させた後、この水を試料Bとして回収した(図1)。試料AとBを誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP)で分析して濃度比を比較した結果、試料BではCs:Sr:Eu:Ce: U=1.2:1:18:7:176となり、試料Aと異なることが分かった。すなわち、作製したPoly(IPAAm-co-VP)表面において、低温下でポリマー鎖を伸張させウランを選択的に吸着した後、高温でポリマー鎖を凝集させることで、ウランのみを選択的に脱離させることに成功したといえる。この時、Poly(IPAAm-co-VP)基板表面のウラン選択率は92%であった。

【項目2:ナノ流体制御による核種分離の研究】半導体加工装置を用いて石英基板上にナノ流路を加工した後、圧力コントローラーとコンプレッサーから成る圧力駆動装置を用い、10mMの硝酸Cs(I),硝酸Sr(II),硝酸Eu(III),硝酸Ce(III),硝酸U(VI)を含む水溶液(試料Aと呼ぶ)を様々なサイズのナノ流路(300 - 3000 nm)に送液した。核種間の濃度比はCs:Sr:Eu:Ce:U = 1.0:1.0:1.0:1.0:1.0となるように調整した。ナノ流路出口側で試料溶液を回収(試料Bと呼ぶ)した後、これら試料A, Bを誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP)にて分析し、濃度比の空間サイズ効果を調べた。結果、同じ濃度比の試料Aに対し、試料Bにおいては、3000 nmでCs:Sr:Eu:Ce:U=0.9:1.0:1.1:0.8:0.1という比率となり、Ce(III)とU(VI)が流れにくくなることが示唆された。さらに空間サイズを減少させると、540 nmでは1.0:1.0:0.7:1.3:0.7、300 nmでは1.0:1.0:0.6:1.4:0.8という比率に変化し、Ce(III)とU(VI)は空間サイズの減少に伴って濃度比が増加するが、Eu(III)はサイズ減少と共に濃度比が減少する逆の傾向を示した。サイズが小さいナノ流路の方が、Ce(III)とEu(III)という同価数イオンの分離効率が向上していることを示唆している。この分離効率は硝酸濃度に依存することも見出した[3]。
 これらの要因として、ガラス表面の負電荷と水和核種間の静電力差が挙げられる。3,000 nmのような広い空間では、核種が負電荷を打ち消すように表面に吸着するため、価数の大きいU(VI)の流れが特に遅くなる。一方、100 nmスケール空間では静電力支配の領域となるため、核種が表面に局所的に引き寄せられるよりも、水和核種として存在する方が安定となる。つまり、核種の水和エンタルピー(−∆H(kJ・mol-1))の違いに応じて表面との静電力に差が生じて、−∆H値の大きい核種ほど表面との静電力が弱く流路の中心に集まり、流路内に電荷分布が形成される。この時、ナノ流路内の流体は層流流れであるため、中心部の方が表面近傍よりも流れが速い流速分布も形成され、これら電荷分布と流速分布の重ね合わせで分離効率が決まったと考えられる。実際、−∆H値の大きい核種の順(Sr(II); 2100 < Ce(III); 3326 < Eu(III); 3501≈U(VI); 3500)にナノ効果が顕在化しており、この差が分離選択性を決定していることが示唆された。この原理を利用して、ランタノイド元素(La(III),Ce(III),Nd(III), Eu(III))の相互分離にも成功した。

3.今後の展望

 水和核種と壁面間の静電力差を原理とするナノ分離には、(1)核種の水和エンタルピー,(2)流路の表面電荷,(3)電気二重層厚さ(イオン強度,イオン価数)の間のバランスが重要なパラメーターであることを明らかにした。この基準に沿った試料調整や流体制御を行えば、Np(IV), Np(V), Np(VI)のような同種イオンであっても相互に分離することが可能であると期待できる。本技術は、資源の枯渇が問題となっているレアアースの回収・リサイクル,排液中の溶存成分(金属、粒子)を除去する水の水質改善への展開や、地層中の核種移行を予測する指針を与える可能性もあり、波及効果は極めて大きいと考えられる。

4.参考文献

[1] T. Tsukahara et al., Chem.Soc.Rev. 39, 1000 (2010)., J.Phys.Chem.B, 113, 10808 (2009).
[2] T. Tsukahara et al., Bull. Res. Nucl. React., 33, 41 (2009).
[3] T. Tsukahara et al., Prog.Nucl.Energ., in press (2010).

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