原子力システム研究開発事業

英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業>成果報告会>平成22年度成果報告会開催資料集>超高感度広エネルギー領域ガンマ線検出器CROSSの開発

平成22年度成果報告会開催

原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集

超高感度広エネルギー領域ガンマ線検出器CROSSの開発

(受託者)独立行政法人放射線医学総合研究所
(研究代表者)中村秀仁 基盤技術センター研究基盤技術部
(研究開発期間)平成20年度〜21年度

1.研究開発の背景とねらい

 本事業では、従来γ線検出器への適応に不向きとされていた有機シンチレータを無機シンチレータと複合化することにより小型かつ超高感度広エネルギー領域ガンマ線検出器「CROSS」の実用化に向けた開発を行い、同検出器を用いてα線・β線・γ(X)線に対する感度と高分解能を実現することを目的とし、主として有機・無機シンチレータと光センサーから成るハイブリット蛍光素子をモジュールとした小型診断装置CROSS-zeroを二段階に分けて開発した。第一段階ではモジュールに搭載するパーツの開発及び選定を行った。第二段階では各パーツによりモジュールを構築し小型診断装置CROSS-zeroを組み上げ、各性能評価を行った。

2.研究開発成果

 本研究では、γ線の光電吸収事象ではなく従来無用な信号として処理されてきたγ線の散乱事象に着眼し、有機素材(プラスチック)と無機材料(NaI(Tl))を組み合わせたハイブリット蛍光素子から成る小型診断装置CROSS-zeroを開発した。以下、ハイブリッド蛍光素子と診断装置の開発結果についてそれぞれ記述する。

①トリプル感度の実現

 従来、潮解性を持つNaI(Tl)は、厚さ1cm弱の金属ハウジングで保護しているが、このハウジングの影響によりα線、β線などの荷電粒子がブロックされてしまい、γ線しか測定出来なかった。この問題を解決するため、本研究で薄膜を用いた新しいハウジングの角型NaI(Tl)を開発したところ、従来のγ線への検出感度に加え、α線・β線などの荷電粒子の検出感度を実現し、エネルギースペクトルの取得に成功した。
 また、上記角型NaI(Tl)を搭載して試作した小型診断装置CROSS-zeroにより、放射線源を用いたα線・β線・γ線のデータ取得を達成した。また、別機関においてではあるが角型NaI(Tl)がX線に対して感度を有することも確認出来た。以上により、当初目標としていたα線・β線・γ(X)線に対する感度を持つ素子の開発に成功した。

②エネルギー・空間・時間分解能

 ハイブリット蛍光素子のエネルギー分解能は、137Csからの662keVのγ線に対して、9〜10%(FWHM)であり、実際に臨床現場で使用されている装置の値14〜20%(FWHM)を凌駕する性能を示した。従来法の弱点を解決するため、低密度・低質量数という有機素材の特徴を活かした『放射線相互座標検出法』を考案し、小型診断装置CROSS-zeroの解析方法に適応させた。その結果、空間分解能を0.1mmオーダーで達成し、実際に臨床現場で使用されている装置の空間分解能mmオーダーを凌駕する性能を実現した。
 ハイブリット蛍光素子モジュール単体では、有機素材とNaI(Tl)での同時計測を行うために有機素材の時間分解能をフルスペックで活かすことができない。しかしながら、消滅γ線計測のように、相対するモジュール間の同時計測を行う場合、有機素材の時間分解能(ナノ秒オーダー)を活かすことは研究開始前に判明している。
 これらの分解能に関する知見を応用し解析方法を研究した結果、相対する有機素材間で生成するナノ秒オーダーのトリガー信号でTOF(Time of Flight)を行った上、放射線相互座標検出法による空間解析を行えば、原理的には数学的な画像再構成を一切行う必要がなく放射線源の空間位置を特定できるため、有機素材による高速画像解析が可能となると判明した。

③小型診断装置CROSS-zeroによる放射線画像取得

 ハイブリット蛍光素子をまとめて構築した小型診断装置CROSS-zeroを用い、放射線源を用いたα線・β線・γ線の画像化にも成功した。
 以上により、α線・β線・γ(X)線に対する感度と高分解能(エネルギー・空間・時間)を実現した上に画像取得にも成功し、有機素材を用いた診断装置の実現可能性が極めて高い事が示された。

④その他

 近年の科学技術の著しい進化に伴い、光センサーの有感受光領域が著しく向上したため、今日では紫外光を十分に検出できる可能性が高まった。そこで、本研究では、プラスチックシンチレータ開発の原点に立ち返り、身の回りにある様々なプラスチックを丹念に探求し、放射線計測用シンチレータとしての可能性を検討した。
 その結果、市販のペットボトルからの蛍光波長のピークが、光センサー(光電子増倍管)の受光感度のピークに重なる事を発見した。つまり、ペットボトルは、光センサーの最も感度が高い波長を蛍光(380 nm)し、放射線計測に極めて優れた性能を持つことが示された。また、実際に、厚さ3-7mmのペットボトルの固まりでα線・β線・γ線の計測に成功した。更に、化学分析の結果、炭素と水素のみで形成されるプラスチックシンチレータやそのベース素材であるポリビニルトルエン等と異なり、ペットボトルには酸素が含まれているため、密度(1.35 g/cm3)と屈折率(n=1.64)が高く、プラスチックシンチレータと比較してペットボトルは1.6-1.7倍高い検出効率を持つ事を示した。

3.今後の展望

 スピード感のある研究推進と実用化のため、平成22年9月1日、放射線検出器業界の国内最大大手アロカ株式会社と共同研究契約を正式に結んだ。本研究契約により、研究から商品化へステージを移行し、低コストの放射線検出器の実用化に目処を付けた。

4.参考文献

[1] H.Nakamura et al., Proceedings of the Royal Society A, vol.466, p.2847-2856, 2010

[2] H.Nakamura et al., Review of Scientific Instruments, vol.81, No.1, 013104, 2010

[3] H.Nakamura et al., Radiation Research Rapid Communication, vol.170, p.811-814, 2008

[4] 中村秀仁、(株)日刊工業出版プロダクション、原子力eye、Vol. 56, No.9, p.46-49, 2010

[5] 中村秀仁、(株)日刊工業出版プロダクション、原子力eye、Vol. 55, No.5, p.50-53, 2009

■ 戻る ■
Japan Science and Technology Agency 原子力システム研究開発事業 原子力業務室